「DXって大企業の話でしょ?」「うちみたいな中小企業には関係ない」——そんなふうに思っていませんか?
実は、DXの恩恵を最も受けられるのは、むしろ中小企業かもしれません。大企業のように複雑な組織構造がなく、意思決定が速いからこそ、デジタル化の効果がダイレクトに現れやすいのです。
独立行政法人中小企業基盤整備機構が2024年12月に公表した調査によると、DXに取り組んでいる中小企業は18.5%。前年から3.9ポイント上昇し、着実に増加傾向にあります。ただし、約7割の企業がまだ初期段階にとどまっているのが現状です。
この記事では、実際にDXで成果を上げた中小企業10社の事例を徹底分析します。RPA導入で残業を月80時間削減した事例、クラウド活用で売上を20%アップさせた事例など、具体的な数値とともにご紹介。「何から始めればいいかわからない」という経営者の方に向けて、失敗しないDX推進の5つのポイントも解説します。
DXとは何か?中小企業が今すぐ取り組むべき理由
DXの本質は「業務のデジタル化」ではない
DX(デジタルトランスフォーメーション)という言葉を耳にする機会は増えましたが、その意味を正確に理解している方は意外と少ないかもしれません。
経済産業省の定義によれば、DXとは「データやデジタル技術を使って、顧客目線で新たな価値を創出していくこと」です。単にExcelを導入したり、紙の書類をPDFにしたりすることではありません。
私がコンサルティングの現場でよく目にするのが、「クラウド会計ソフトを入れたからDX完了」という誤解です。これはあくまで「デジタイゼーション」(アナログからデジタルへの変換)であり、DXの入り口に過ぎません。
DXの段階は次の3つに分類されます
1. デジタイゼーション
紙の書類を電子化する、手書きの帳簿をExcelに移行するなど、アナログ情報をデジタル化する段階
2. デジタライゼーション
業務プロセス自体をデジタル技術で効率化する段階。クラウドサービスの導入、RPAによる自動化などが該当します
3. デジタルトランスフォーメーション
デジタル技術を活用してビジネスモデルや企業文化を変革し、競争優位性を確立する段階
なぜ今、中小企業がDXに取り組むべきなのか
「うちは今のやり方で回っているから大丈夫」——そう思われるかもしれません。ただ、その考え方は少し危険かもしれません。
経済産業省が警鐘を鳴らした「2025年の崖」という言葉をご存じでしょうか。複雑化・老朽化したレガシーシステムを放置した場合、2025年以降に年間最大12兆円の経済損失が生じる可能性があるという試算です。
さらに深刻なのは人手不足です。東京商工リサーチの調査(2025年)によると、「人手不足」を原因とする倒産は過去最多ペースで推移しています。人を増やせないなら、今いる人員で生産性を上げるしかない。そのための有力な手段がDXなのです。
定型業務を自動化することで、従業員が付加価値の高い業務に集中できる
ペーパーレス化、業務効率化による人件費・消耗品費の削減
データに基づく迅速な意思決定が可能になる
単純作業からの解放、残業削減による働き方改革の実現
【製造業編】DXで業務時間50%削減に成功した3社の事例
製造業は「現場主義」の文化が根強く、デジタル化が遅れがちな業種の一つです。一方で、熟練工の技術継承、在庫管理、品質管理など、DXの恩恵を最も受けやすい分野でもあります。
事例1:工業塗装会社——職人の技を「見える化」し、技術継承を実現
企業概要: 株式会社ヒバラコーポレーション(茨城県、従業員約80名)
課題: 熟練工の高齢化による技術継承の危機
導入ツール: スキャナー、プリンター、生産管理システム
成果:
- • 技術継承にかかる教育期間を約40%短縮
- • 品質のばらつきが大幅に改善
- • 新人が戦力化するまでの時間を削減
工業塗装という職人技が求められる現場では、長年「見て覚える」「体で覚える」が当たり前でした。ところが熟練工の定年退職が迫り、技術継承が経営課題として浮上。同社がまず取り組んだのは、意外にも伝票のデジタル化でした。その後、技術のデータ化と生産管理のIT化を推進。塗装の条件や工程を数値化し、マニュアルとして蓄積することで、ベテラン以外の技能者でも同等の品質を再現できる体制を構築しました。
事例2:金型製造業——IoTセンサーで設備稼働率を可視化
企業概要: 輸送用機械器具製造業C社(従業員約200名)
課題: 設備の稼働状況が把握できず、非効率な生産体制
導入ツール: IoTセンサー、生産管理システム
成果:
- • 設備稼働率を60%から85%に向上
- • 生産計画の精度が向上し、納期遅延が減少
- • 予防保全により設備故障による損失を削減
製造業において「設備がどれだけ動いているか」は利益に直結する重要な指標です。DX推進にあたり、同社は製造現場を熟知するメンバーとITエンジニアによる専門チームを組織。IoTセンサーを生産設備に設置し、リアルタイムで稼働データを収集。分析の結果、意外な事実が判明しました。「忙しい」と感じていた設備の実際の稼働率は、わずか60%程度だったのです。
事例3:中小製造業——RPAで経理業務を自動化、残業80時間削減
企業概要: 製造業向け機械工具商社(従業員約50名)
課題: 経理部門の慢性的な残業、ヒューマンエラーの頻発
導入ツール: RPA(UiPath)、クラウド会計ソフト
成果:
- • 月間残業時間を80時間から20時間に削減
- • 入力ミスによる差異調整作業がほぼゼロに
- • 経理担当者の離職率が改善
この会社の経理担当者は、毎月の締め作業で深夜残業が常態化していました。RPA(Robotic Process Automation)を導入し、銀行口座の入金データを自動取得、請求書データの自動入力・チェック、月次レポートの自動作成を実現。特筆すべきは、導入後のメンテナンス体制です。経理部門内にRPA担当者を置き、内製で改修できる体制を整えました。
【サービス業編】顧客体験を変革した3社のDX事例
サービス業は顧客との接点が多く、「人の温かみ」が重視される業種です。DXによって「人にしかできない仕事」に集中できる環境を整えた成功事例を紹介します。
事例4:飲食店——AI来客予測で食品ロス30%削減
企業概要: 飲食店チェーン(従業員約100名、店舗数15店舗)
課題: 食材の廃棄ロス、シフト管理の非効率
導入ツール: クラウド型予約・顧客管理システム、AI需要予測ツール
成果:
- • 食品廃棄ロスを年間約30%削減(約500万円)
- • シフト作成時間を月10時間から2時間に短縮
- • 繁忙時間帯のサービス品質が向上
飲食業界の永遠の課題である「食品ロス」。この会社では、仕入れ担当者の経験と勘に頼った発注が続いており、廃棄コストが経営を圧迫していました。まず、クラウド型の予約・顧客管理システムを導入し、予約情報を一元管理。次に、過去の予約データ、天候データ、周辺イベント情報などをAIで分析し、日々の来客数を予測する仕組みを構築しました。
事例5:社会保険労務士事務所——RPA導入で年間8,800時間の工数削減
企業概要: トーシンパートナーズホールディングス(従業員約300名)
課題: 定型業務の多さによる長時間労働
導入ツール: RPA(BizRobo!)
成果:
- • 年間約8,800時間の工数削減を達成
- • スタッフの残業時間が大幅に減少
- • 空いた時間を顧問先へのコンサルティングに充当
士業の事務所は、書類作成や届出業務など定型作業が多いのが特徴です。RPA導入にあたり、まず全業務を棚卸し。「ロボットに任せられる作業」を徹底的に洗い出しました。その結果、36業務を自動化の対象として特定。この事例のポイントは、内製化です。外部ベンダーに丸投げするのではなく、社内でロボットを開発・メンテナンスできる体制を構築しました。
事例6:不動産管理会社——ペーパーレス化で業務効率40%向上
企業概要: マンション管理会社(従業員約80名)
課題: 紙ベースの業務による非効率、情報共有の遅れ
導入ツール: クラウドストレージ、ワークフローシステム、RPA
成果:
- • 書類検索時間を90%削減
- • 申請・承認プロセスの所要時間を3日から1日に短縮
- • ダブルチェック工数の削減によりヒューマンエラーが減少
不動産業界は契約書や重要事項説明書など、紙の書類が多い業種の代表格です。この会社では、物件ごとの書類を紙で管理しており、必要な情報を探すだけで膨大な時間がかかっていました。段階的にデジタル化を進め、まずは書類のスキャンとクラウド保存からスタート。次に、稟議や申請のワークフローを電子化。最終段階として、RPAで銀行口座の入出金データ取得や請求書登録を自動化しています。
【小売・卸売業編】売上向上につなげた4社のDX事例
小売・卸売業では、在庫管理、顧客管理、EC対応など、DXの効果が売上に直結しやすい特徴があります。
事例7:スポーツ用品卸——EC業務自動化で年間800時間削減、売上も向上
企業概要: 三誠商事株式会社(従業員約30名)
課題: 複数ECモールの在庫管理・請求処理の煩雑さ
導入ツール: RPA(RoboTANGO)
成果:
- • 年間約800時間の作業工数削減
- • 残業時間の大幅減少
- • API連携できないECモールへの出店が可能になり、売上創出に貢献
Amazon、楽天、Yahoo!ショッピングなど複数のECモールに出店している企業にとって、在庫管理は頭の痛い問題です。RPAを導入し、各ECモールでの請求作業、在庫管理システムとAPI連携できないモールへの在庫反映、物流倉庫への納品リスト作成を自動化。特に注目したいのは、売上向上効果です。業務効率化によって新たな販路開拓が可能になり、売上増加にもつながりました。
事例8:伝統産業——畳販売アプリで海外需要を開拓
企業概要: 株式会社TATAMISER(従業員約20名)
課題: 国内市場の縮小、海外販路の開拓
導入ツール: 自社開発アプリ(見積自動作成機能付き)
成果:
- • 海外からの受注が増加し、売上が拡大
- • 見積作成時間を大幅に短縮
- • 中小機構の「ここからアプリ」に導入事例として掲載
畳という伝統産業は、国内需要の減少という構造的な課題を抱えています。この会社は、デジタル技術を活用して海外市場を開拓するという大胆な戦略を選びました。開発したアプリには、畳のレイアウトシミュレーション機能と見積自動作成機能を搭載。さらに、英語表示にも対応させることで、海外の顧客でも簡単に注文できる仕組みを構築しました。
事例9:機械工具商社——クラウドCRM導入で商談数4.4倍
企業概要: 株式会社淵本鋼機(岡山県、従業員約30名)
課題: 顧客情報の属人化、営業活動の非効率
導入ツール: クラウドCRM/SFA
成果:
- • 宣伝広告費を月間1,560万円から800万円に削減(約51%減)
- • 集客数3.3倍、商談数4.4倍を達成
- • 総務大臣賞を受賞
この会社では、顧客情報が各営業担当者の頭の中や個人のノートに分散しており、会社としてデータを活用できていませんでした。クラウド型のCRM(顧客関係管理)システムを導入し、顧客情報と商談履歴を一元管理。さらに、Web広告の効果測定データと連携させ、投資対効果の高いマーケティングを実現しました。この事例は「攻めのDX」の好例です。
事例10:ガス機器販売業——10年かけてペーパーレス化を完遂
企業概要: 鶴見製紙(神奈川県、従業員約100名)
課題: 紙の点検表・伝票による業務の非効率
導入ツール: ワークフローシステム、クラウドサービス
成果:
- • 紙の使用量を大幅に削減
- • 情報検索時間の短縮
- • テレワーク対応が容易に
「DXは一朝一夕には完成しない」——この事例は、その真理を体現しています。同社は10年という長い期間をかけて、すべての紙の点検表や伝票の大部分を電子化しました。「一気にやろうとして挫折した」という失敗を経験し、段階的なアプローチに切り替えたのです。この事例から学ぶべきは、「長期的な視点」の重要性です。
失敗しないDX推進の5つのポイント
10社の成功事例から見えてきた、DX推進で失敗しないためのポイントを整理します。
1経営者が先頭に立つ
DXは単なるITツールの導入ではなく、業務や企業文化の変革を伴うプロジェクトです。現場任せ、IT部門任せでは、部門間の壁や既存業務への抵抗に阻まれて頓挫してしまいます。成功している企業に共通するのは、経営者自身がDXの重要性を深く理解し、明確なビジョンを持って組織を牽引していることです。
2小さく始めて成功体験を積む
いきなり基幹システムを刷新したり、全社一斉にツールを導入したりするのは危険です。失敗したときのダメージが大きく、「やっぱりDXは難しい」という空気が社内に蔓延してしまいます。まずは一つの部門、一つの業務から始めましょう。成功事例を作り、社内に「DXってこういうことか」「こんなに楽になるのか」という実感を広げていくのが得策です。
3目的を明確にしてから始める
「とりあえずRPAを入れてみよう」「クラウドが流行っているから導入しよう」——このアプローチはほぼ失敗します。「何のためにDXをするのか」を明確にすることが重要です。残業を減らしたいのか、売上を伸ばしたいのか、顧客満足度を上げたいのか。目的によって、選ぶべきツールも進め方も変わってきます。
4現場を巻き込む
ITベンダーに丸投げして「作ってもらったけど使いにくい」という失敗は非常に多いです。システムを実際に使うのは現場の従業員です。現場の声を聞き、現場を巻き込んで進めることが不可欠です。製造業C社の事例では、製造現場を熟知するメンバーとITエンジニアによる専門チームを組織し、現場の課題を丁寧に洗い出すところから始めていました。
5支援制度を積極的に活用する
中小企業のDX推進を後押しする支援制度は充実しています。代表的なものをご紹介します。
IT導入補助金
中小企業・小規模事業者のITツール導入を支援する補助金です。2025年度は、通常枠、インボイス枠、セキュリティ対策推進枠、複数社連携IT導入枠の4つの枠があります。
- • 通常枠:補助率1/2以内、補助額最大450万円
- • インボイス枠:小規模事業者は最大4/5補助、ハードウェア(PC、タブレット等)も対象
DX推進でよくある失敗パターンと対策
成功事例だけでなく、失敗から学ぶことも重要です。よくある失敗パターンとその対策を紹介します。
失敗パターン1:ツール先行で目的が不明確
「RPAを入れれば何とかなる」と考えてツールを導入したものの、どの業務に適用すればいいかわからず、結局使われないまま——。これは非常によくある失敗です。
対策:
まず現状の業務を棚卸しし、「どの業務に、どれだけの時間がかかっているか」を可視化しましょう。その上で、自動化すべき業務を特定してからツールを選定します。
失敗パターン2:一気に全社展開しようとする
「やるなら徹底的に」と全社一斉にシステムを刷新した結果、混乱が発生し、業務が回らなくなった——。こうした失敗も少なくありません。
対策:
パイロット部門を設定し、スモールスタートで成功体験を積んでから段階的に展開します。問題が発生しても影響範囲を限定でき、改善点を反映しながら進められます。
失敗パターン3:現場の声を聞かない
経営層やIT部門だけで決めたシステムが、現場のニーズと合っていなかった——。「使いにくい」「以前のほうがよかった」という不満が噴出し、結局元のやり方に戻ってしまうケースです。
対策:
システム選定の段階から現場の担当者を巻き込みます。複数のツールを比較検討する際にも、実際に使う人の意見を取り入れましょう。
失敗パターン4:導入後のフォローがない
システムを導入したものの、操作方法の教育が不十分で活用されない——。あるいは、業務変更に合わせたメンテナンスができず、使い物にならなくなってしまうケースもあります。
対策:
導入時の研修だけでなく、継続的なサポート体制を構築します。社内にDX推進担当者を置き、日常的な問い合わせ対応やシステムの改善提案ができる体制を整えましょう。
まとめ:今日から始められるDXの第一歩
この記事では、中小企業がDXで成果を上げた10社の事例と、成功のための5つのポイントを紹介しました。
記事の要点
- • DXの本質は単なるデジタル化ではなく、「デジタル技術を活用したビジネス変革」
- • 中小企業こそ意思決定の速さを活かしてDXの恩恵を受けやすい
- • RPA導入で残業80時間削減、クラウド活用で商談数4.4倍など、具体的な成果を上げた企業が増加
- • 成功のカギは「経営者のコミットメント」「小さく始める」「目的の明確化」「現場の巻き込み」「支援制度の活用」
- • IT導入補助金など、活用できる支援制度は充実している
明日からできる3つのアクション
1. 業務の棚卸しをする
まずは1週間、自分や従業員がどの業務にどれだけの時間を使っているか記録してみましょう。自動化できそうな定型業務が見えてくるはずです。
2. 無料相談を活用する
IT経営サポートセンターやよろず支援拠点では、「何から始めればいいかわからない」という段階から無料で相談できます。専門家の意見を聞くだけでも、視界が開けることがあります。
3. 小さな改善から始める
いきなり大きなシステム投資をする必要はありません。クラウドストレージで情報共有を効率化する、会計ソフトをクラウド型に切り替えるなど、身近なところから始めましょう。
DXは「やらなければならないこと」ではなく、「やれば会社が楽になること」です。人手不足、長時間労働、紙の山——そうした課題を抱えている会社こそ、DXによる改善効果を実感できるはずです。
完璧を目指す必要はありません。小さな一歩から始めてみてください。
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